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御嶽神社参道の解説板について

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ケーブルカーの無い時代の人の気分に浸ってみよう!

御嶽神社の参道を歩いてみると・・・

杉の大木

御嶽神社の参道は現在舗装されていて、車の往来もできるのですが、昔の人はみな歩いて参拝に行ってました。

参道に一歩足を踏み入れてみるとそこは、杉の巨木に囲まれた静寂な世界が広がります。

残念なのは山上集落で生活する方々の車がたまに通るため、この静寂と神聖な雰囲気が一瞬のうちにぶち壊されてしまうことです。

ただ、参道の途中9ケ所には、名前の書かれたポールと解説板が立っていて、その場所名の由来が簡潔に記されています。

それにより昔の人々の思いが伝わり、ケーブルカーを使わずに歩いて良かったと思わせてくれます。ここではそんな解説板を全て紹介します。

解説板は全部で9枚

① ろくろっ首

案内ポール

「ろくろ」は、細長い首が、左右に曲がっている、若い女性のお化けである。
この付近の坂道は急で、左右に蛇行している。まるでお化けの「ろくろ」の首のように、曲がりくねっていることから、いつしか付近を「ろくろっ首」と呼ぶようになったと伝えられる。

② うまたてば

うまたてば

「たてば」は、休憩所である。

参道は坂道が続くため、かつては数か所で、馬や駕籠を休ませながら、山上へ進んでいた。

「ろくろっ首」付近は、特に急な坂道である。上がり終わった「たてば」で、人はもちろんのこと、馬も重い荷物を下ろして一休みし、元気を取り戻してから、山上へ向かっていた。

③ おおまがり

おおまがり

「うまたてば」を過ぎ、この付近までくると、参道は緩やかな勾配となるため、坂道の曲がり具合も、大らかな曲がりとなる。

急な坂道を進んでいると、先を歩いている人が「おおまがりに着いたヨ」と言えば、後ろからついて来る人たちは、「楽になれる」と安堵感を持ったと伝えられる。

④ なかみせ

なかみせ

参道入口の禊橋(みそぎばし)と山上にある御師集落との、ほぼ中間の場所である。禊橋から約三十分の距離で、付近は緩やかな坂道であることから、一休みをするには、都合が良い場所であった。

かつては、小さな茶店も建っていたため、いつしか付近は「仲見世」と呼ばれるようになった。

⑤ だんごどう

だんごどう

かつて団子堂と言う御堂があり、地蔵様(八大地蔵)が祀られていたと伝えられる。

地蔵様がこまらないよう、地蔵様の膝下には、参拝する人たちが、団子をお供えしたことから、いつしか団子堂と称されるようになったと伝えられる。

現在も祠(ほこら)があり、新しい地蔵様が道中の安全を願っている。

⑥ じゅうやっくぼ

じゅうやっくぼ

「じゅうやく」は感じで書くと「十薬」「重薬」で、薬草のドクダミの別名である。「くぼ」は窪地である。

この谷間には、薬として利用できるドクダミが、たくさん自生している場所であったことから、いつしか、「十薬窪(じゅうやっくぼ)」と呼ばれるようになったと伝えられる。

⑦ だいこくのお

だいこくのお

漢字では「大黒の尾」と書く。

禊橋(みそぎばし)を渡った場所からここまで、急な坂道が多かった。ここでは尾根を横切り、ここから先は勾配が緩やかな参道となることから、気を楽にして歩けるようになったのは、「大黒様のおかげ」と感謝の意を込め、大黒様の尾根と称されるようになったと伝えられる。

⑧ あんまがえし

あんまがえし

「あんま」さんは、現在の整体師である。かつては視力が弱い人たちの多くが就業していた。

視力に恵まれなかったため、ほとんど平坦なこの付近を、御嶽神社の境内と間違え、付近で参拝してから引き返した「あんまさん」がいたとも伝えられる。

このことから、いつしか付近を「あんまかえし」と呼ばれるようになったと伝えられる。

⑨ やまのかみ

やまのかみ

禊橋(みそぎばし)を渡ったこの参道は、北側から御嶽神社へ向かう参道なので、北御坂(きたみさか)と呼ばれている。

山ノ神は、山に宿り、そこに棲むすべての生物を支配する、神霊の総称である。往来する人たちは、山地内での安全を、山ノ神に祈願する。

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